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愛と平和 安らかに忌野清志郎さん(享年58歳) 2009/05/04

「たかがロック、されどロック」とはよく聞かれるフレーズです。

私にとっては「たかが手相、されど手相」と同じ意味のように聞こえてくるフレーズです。

ロックも手相も僕にとっては一緒です。

いつも「愛と平和!」と叫んでいた忌野清志郎さんには中学生の頃から強い影響を受けていました。

訃報を聞いて、凄く動揺してしまって、鑑定をお休みしようか・・・と思ったくらいショックを受けておりましたが。。。

今日の手相鑑定が終わったので、明日と明後日、お休みさせて頂きます。。。7日から鑑定、頑張ります。

僕が何度も泣けたのは、やっぱりジョン・レノンのイマジンを歌う清志郎さんです。

21世紀、僕も21世紀になったら全てが変わると思っていましたよ。

 

 

以下、サンケイスポーツさんからの記事です。

 

2日未明にがん性リンパ管症のため、都内の病院で死去した歌手、忌野清志郎(いまわの・きよしろう=本名・栗原清志=享年58)さんの通夜が3日、都内でしめやかに営まれた。密葬にもかかわらず音楽家、坂本龍一(57)や、俳優で清志郎さんと高校時代の同級生、三浦友和(57)らが参列。棺に花を手向け、日本の“キング・オブ・ロック”との別れを惜しんだ。

 最後まで、不屈のロック魂で病魔と闘い続けた清志郎さん。その反骨精神と豊かな人間性に心揺さぶられた“同志”たちが深い悲しみに暮れた。

 通夜は密葬として営まれたが、親族や業界関係者ら約120人が参列。坂本や三浦のほか、歌手、井上陽水(60)、RCサクセションでともに活躍したギタリスト、仲井戸麗市(58)も姿をみせた。

 1982年に清志郎さんとコラボし「い・け・な・いルージュマジック」を大ヒットさせた坂本。いまや世界的音楽家となった“教授”は、斎場に入るとサングラスを取り目頭に手をあてた。

 79年にRCに参加し、80年代を代表するギタリストに成長した“CHABO”こと仲井戸も、憔悴しきった表情。三浦は通夜終了後に参列し、約20分間、静まりかえった斎場で別れを惜しんだ。

 俳優の竹中直人(53)も訪れた。監督した映画「119」(94年)で清志郎さんが音楽監督を担当するなど、親交が深かった。報道陣の問いかけに、ハンカチで涙をぬぐい「無理です。すいません…」と絞り出すのが精いっぱいだった。

 清志郎さんの事務所関係者によると、祭壇はカラフルな花で飾られた。斎場に清志郎さんのヒット曲が流れ、喪主で夫人の景子さん(53)が気丈に振る舞う中、参列者は棺に花を手向けた。

 日野高時代の恩師でRCの名曲「ぼくの好きな先生」(72年)のモデルとなった小林晴雄元教諭(77)も参列した。

 同曲で劣等生のこのぼくに素敵な話をしてくれた…と歌われた小林さんは「今までよく頑張ったから、ゆっくり休んでほしい」と柔和な表情。時代をともに疾走した坂本らと、清志郎さんを陰で支えた恩師の胸に「愛しあってるかい」のフレーズがこだましているに違いない。